第7章 刻(とき)の糸は絡みつく
「家康」
「光秀さん…?珍しいですね。三成と華音の部屋に行ったんじゃなかったんですか」
「諸葛孔明に取られた」
「は?」
全く理解できない回答に対して怪訝な表情をする家康を横目に、光秀は家康の部屋に入って座る。
諸葛孔明に取られるも何も、三成も華音も誰のものでもない。
「家康、師範を覚えているか」
「師範って…あの方ですか」
「俺とお前の師範と言ったら一人しかいないだろう」
「勿論覚えてますよ。忘れるはずないでしょ」
家康は、人質時代だった頃を思い返す。
信長に出会うより前、今川家にいた頃のこと。
強くて気さくだったその人に憧れ、自分や義元がすごく懐いていて剣術の教えを請いていた。
今思えばかなり小っ恥ずかしいが、まあ大切な思い出である。
その師範がどうかしたのかと、家康は光秀に問いかける。
「似ていると思わないか」
「?誰と誰が」
「師範と、あの小娘が」
「…!?」
考えもしなかったことに、家康は瞠目する。
血縁が血縁なだけに、師範のことを普通の人間とはかけ離れた存在だと見做していた時があった。
本人はそれを是としていたかは微妙だが、本当に嫌なら家康や義元、光秀にそのことを明かしていなかっただろう。
故に、出会った時からただの人間だと思っていた華音を“あの人”と重ねるには、少々追いつかないところがあるのだ。
しばらく考えていくらか冷静になった家康は、一人納得する。
「……もし華音があの方に縁ある者だとしたら、あんたがいくら調べても身元が分からないことに合点がいく」
そう、光秀の情報網を以ってしても、華音が何者かを知ることは出来なかった。
しかし、二人の師範の関係者だと思えば、納得してしまうのだ。
「…だが、それでは早合点過ぎるな。情報に穴があるやもしれない。俺は引き続き小娘の身元を突き止める」
「俺の方でも出来る限りやっておきます。……万一師範に会った時、抜け駆けしないでくださいよ」
「俺がそんな姑息なことをすると思うか?」
「安土一姑息な男が何言ってんですか」