第30章 名も無き戦い
「やはり、ご自身でお持ちだったか」
「……!」
影が落ち、義昭の手から丸薬の入った巾着が取り上げられる。
「ち、違う!これは……っ」
「何、もう嘘をつく必要はない。はじめからあなたが毒消しを持っていることはわかっていた」
「なん、だと……!?」
「それは俺と交渉するための唯一の切り札。託せるほどの信頼をおける人間がいないのはよく知っている」
「おのれ……、かは……っ!
……!? 胸が、苦し……」
義昭は喉元を押さえ、血走った目を見開いた。
「そうそう、先ほどの毒針だが……実は、あなたの手先が使ったものとは別物なのだ。ハナから毒など塗ってはいない」
「な……!」
「解毒薬は薬ではなく、乙の毒を相殺するための甲の毒。平常の者が解毒薬を飲めばただの毒だ。華音がいつも言っていた」
「ひ……っ!ぐは……」
燃えるような痛みが臓腑から突き上げ、義昭が膝をつく。
迷うなと言われたから、迷うことはなかった。
毒の特性を教えられたから、利用できた。
光秀の中には、いつだって華音がいた。
「思ったとおりだったな」
「そ、なた……もとよりこれが狙いか……!三度も、私を騙しおって……!」
「落胆なさるな、騙されても無理もない。何せ俺は、人を騙す達人なんでな」
「お届けものだぜ。光秀、義昭サマ」
「「!」」
義昭の息も絶え絶えなところで、元就の軽快な声が聞こえた。
そこには元就と、佐助に肩を支えられながらも気丈に立つ華音の姿があった。
最初は元就に乱暴気味に担がれていたのを、途中で佐助と合流して代わってもらったのだ。
「馬鹿な……っ!そなたはもう死んでいるはず……っ」
「……は、そのツラを見れただけで身体に鞭打った甲斐があった」
佐助の支えから離れ、ゆっくりとした足取りで義昭に近づく。
(父様……私はこれから一線を超えます。もう時透は名乗れない。でも、ほんの一時でも父様の名を名乗れて、正義の人になれて、嬉しかった)
そこに寂しさや憂いはあれど、後悔は少しもなかった。