第30章 名も無き戦い
主たる義昭が女の髪を切り陵辱した。
そんな誤報で士気が著しく落ちた敵兵らを倒すのは造作もなかった。
「さーて、お姫さんのとこに行くか」
「……待て」
満身創痍ながらも、元就と顕如に一矢報いようとして敵兵の1人がよろよろと立ち上がる。
とどめを刺そうと2人が銃と錫杖を構えた時、予想外の方向から刀の鞘が飛んできて、それは敵兵の身体に当たった。
「がっ……!」
当たりどころが悪かったのか、元々限界だったのか、男はそのまま倒れて動かなくなった。
まさかと思い元就と顕如はほぼ同時に、鞘が飛んできた方向を見る。
「……今、どういう状況……?」
「……はっ、こいつは傑作だ」
「お嬢さん……!」
なんとそこには華音がいた。
壁に体重をかけて青白い顔で汗をかきながらも、目の焦点はしっかりとしており、こんな状態で鞘を投げたのかと驚くしかない。
ふらりと倒れそうになった華音を顕如が躊躇いがちに支えた。
「光秀どのは……?」
「義昭サマのところへ行ったぜ。じきに解毒薬が手に入るだろうよ」
「もうすぐ終わる。じっとしていなさい」
「……いいえ。顕如どの、私を光秀どののところへ連れて行って」
「本当に殴る気かよ」
「私もまたこの戦の首謀者の1人だ。あなたたちをここに連れてきたのは私だ。最後の責任くらい取らせてください」
“戦の責任を取る”
そんなことを言える女なんて聞いたこともない。
それほどに華音は異質だった。
「……はっ、いいぜ。連れてってやる。その代わり、面白いもん見せろよお姫さん」
「面白いかは分かりませんが、やると言ったことはやりますよ」
そもそも華音の本質は、かぐや姫と同じ唯我独尊。
後天的に生まれた強い理性でそれを覆っているだけ。
華音の身体も矜持も、大事な人も傷つけた義昭を、何もしないまま見殺すのはこの身体に流れる血が赦さなかった。