第30章 名も無き戦い
本殿の裏では、元就率いる兵たちが派手な轟音を響かせていた。
「はっはァ!やれやれお前らァ!」
「変わらず悪趣味だな、お前は」
「裏から来たってのに妙に敵の数が多いんだから、気分も上がるだろ。どうやら俺は当たりを引いたらしいぜ」
「当たり?」
「義昭サマから遠いはずのここでこれだけ敵が多いってことは…ここに人質がいるってことだ」
「……!」
人質、つまり華音のことだ。
元就がもし華音が生きた状態で見つけられたら御の字。
死んでいたらそれはそれで、今際の際の姿も見てみたい。
巡り合わせとは数奇なものだ。
出会う日が違えば、華音はおそらく元就や顕如に殺されていた。
だが今はどうだ。
元就達は華音を助けるために戦っている形になっている。
「___お姫さんの場所は近いな」
進むにつれて敵に会う頻度が増えていく。
そして“ここ”だろうというところで、多くの敵兵と相対した。
「元就……!義昭様の元を抜けて敵につくなどなんと姑息な……!」
「おいおい好き勝手言ってくれるなよ。だいたい卑怯なのはそっちだろ。なぁーんの罪もない女に毒を盛って拐かしたんだからよ」
「そ、それは……」
「それに“ここまで”やるなんて、ひでーことするもんだ」
元就はあるものを懐から出して、敵兵の方へ投げた。
そこには、艶のある長い黒髪が一房。
敵兵の歪んだ顔に、元就はにやりと笑みを深めた。
義昭が華音の髪を切ったという事実に、周りの敵兵たちは息を呑んだ。
知らないのも無理はない。
真実義昭は、華音の髪を切っていないのだから。
この時代で女が髪を切ることがどれだけ大事な意味を持つかを、華音は学んでいた。
そして利用しようとした。
兵たちの義昭への忠誠心を削ぐために。
それこそが華音の考えていた“嫌がらせ”だ。
この“嫌がらせ”は元就に託していた。
もし自分が攫われたら、これを使って敵兵の心を折ってほしいと言って髪を一房切って元就に渡していたのだ。
やり方は地味ではあるが、美しい容姿に反して手段を選ばない華音も、彼女の予想通りの反応をする敵兵達も、元就には面白おかしいものだった。