第30章 名も無き戦い
幸村と佐助が派手に立ち回り、その隙に光秀と義元が奥へ進む。
「……!」
「おやおや、久方ぶりだな」
光秀と義元の足がぴたりと止まった。
奥の間の前に、見知った男が仁王立ちになっている。
義昭の使者として彼らの前に現れた時の余裕は微塵もなく、怒りに顔を歪めている。
「裏切り者め!よくも義昭様を……!」
「悪いが貴殿に用はない。話があるのは、義昭様ただひとり」
「行かせるか!」
刀を抜いて光秀に襲いかかる使者を、義元が止めた。
「行って、光秀殿。本能寺での借りを、今返す」
「ならば遠慮なく」
義元は優雅に微笑み、顎を持ち上げ『どうぞ』と促す。
ふっと笑い返し、光秀は奥の間を目指し、膠着するふたりの横を走り抜けた。
「光秀……!」
「よそ見はいけないよ」
刀を押し返され、使者は床に倒れ込む寸前で踏みこたえた。
「義元……!どいつもこいつも裏切りおって……!」
「よくよく考えると、裏切りなんてこの世に存在しないと思わない?誰もが自分の信念に従って生きている。ただそれだけだよ」
義元の脳裏に一番に浮かんだのは、光秀と華音。
織田軍の敵将に交渉する光秀も、幸村や佐助を友達だと言い張る華音も、はたから見たらやっていることは裏切り行為だ。
だが光秀も華音も、目的のためならば手段を選んでいないだけ。
その目的は他でもない、自分の命よりも大切なもののためだ。
少なくともこの戦に居合わせた将達は、そんな2人に興を引かれてここにいる。
そういう人間を、裏切り者なんて言葉だけで完結付けていいはずがない。
「っ光秀が何をしようと無駄だ!あの女はもうすぐ死ぬ!」
「死なないよ」
「……!?」
「理由を言う必要はないけれど……これだけは言える。この戦で誰が死のうと、あの子は絶対に死なない」
義元が、舞うような仕草で刀を抜いた。
美しい構えに隙はない。
「さあ、刀を交えようか。お互い、かけがえのない大事なもののために」
「っ……うああああ……!」