第30章 名も無き戦い
※残酷描写注意
バシャ、と冷たい感触で意識が浮上した。
「っ」
首筋のチクリとした痛みは消えず、体中から痺れるような痛みと重さもある上に身体がうまく動かない。
やはり猛毒か、と華音は自分の置かれた状況を理解する。
「おお、苦しそうだのう」
声がした方を見れば、そこには己以外を人間以下の畜生だと宣っていた男、義昭が華音を見下ろしていた。
言葉に反してその表情も声色も、同情なんて微塵もない。
寄ってきたかと思えば、短刀を抜いて華音の左手の甲を畳に届くまで突き刺した。
「ッあ"ァッ!!」
「くくっ傷が痛いか?毒が苦しいか?安心しろ。光秀への人質としての価値がある間は生かしてやる。それが終われば…貴様ら全員仲良く殺してくれる」
つまり、始めから華音のことも光秀のことも殺すつもりだということ。
故に義昭は、華音を誘拐だけにとどまらず毒を盛り身体も傷つけた。
光秀を殺すまで生きてさえいればいいのだから。
「おい、この女を見張っておけ」
「はっ」
適当な見張りをつけて義昭が去った。
脱獄のチャンスではあるが、猛毒が回った身体はまともに動かせず、走ることもできない。
何より、ここで自分が余計なことをすれば、光秀の作戦も台無しだ。
(落ち着け……戦はもう、始まっている)
否、華音が誘拐されるよりもずっと前から、光秀と旅に出た時から既に、この名も無き戦いは始まっていた。
大事なのは、自分達はこの戦に勝たなければならないということ。
(特定した場所を指せるように草履を置いた。きっと誰かが見つけられる。
脱いだ草履をわざと毒草の方にした。針も近くに置けた。将軍が毒を持っていることもきっと推測してくれる。
何よりこいつはまだ、私が継国だということに気づいていない)
華音は今まで光秀や三成、他の武将達からも教わった戦術の全てを頭に浮かべる。
猛毒でうまく頭が回らないなりに余計なものを切り捨て、最適解を導く。
そして一つの最適解に辿り着いた時、少しの迷いの末、最後の力を振り絞って短刀を引き抜いた。
「ぐぅッ……!」
だくだくと多くなる出血を見たのを最後に、華音の意識は再び薄れていった。