第30章 名も無き戦い
本当はすぐにでも、華音を遠ざけたかった。
安全な場所にいてほしかった。
傷つかないでほしかった。
でも、
『光秀どの、迷わないでください』
華音には全てお見通しだったようだ。
俺が「織田軍の裏切り者」と「将軍殺し」の汚名を雪ぐ気がないと、そのまま安土に戻らないつもりだと知られていた。
だから華音は、自分の身を投げ打ってまで俺を連れ戻そうとした。
身体だけではない。
自ら蓋をし忘却した、魂の柔らかい部分までも、華音は俺の手に再び戻した。
苦痛、不安、恐怖、悲嘆、そして希望。
(何があっても華音は死なせない。そして俺も___)
“それ”に気づいてしまえば、弱みを見せてしまうと思った。
だから蓋をした。
何も感じなくなった。
なのに、その蓋を華音が遠慮もなしに開けた。
だが俺は今、本当に弱いだろうか。
否、死にたくないという人間が弱いということは絶対にない。
他でもない華音が、誰よりも自分と他人の命を大事にしていて、誰よりも強いからだ。