第29章 姫さんと復讐鬼と悪の華
「なぁ、どこで習ったんだ?」
「……私の医術の元は蘭方医学です」
「そう来たか」
嘘は言っていなかった。
華音の専門は外科だ。
祖父母にくっついていた軍医見習いの時は、医者を名乗る人間全員が忙しなく怪我人の治療を施する無法地帯にいた。
英語もオランダ語もドイツ語も飛び交っていて、子供ゆえに頭に入れやすかったからゲルマン祖語ごと覚えたのだ。
軍医を名乗ってからは本物の紛争地帯のど真ん中で、中立として怪我人を全員受け入れている場所で外科医のスキルを磨いた。
ついでにアラビア語も覚えた。
華音が美貌以外で武将達に勝ると思えるところといえば、叩き上げの外科スキルとマルチリンガルくらいだ。
「そのツラがあればすんなり側女なりなんなりなれて安泰だろ。なんでおまえは医者であろうとする?なんでここにいる?」
「………」
「そう警戒すんなよ。単なる興味だ」
「…顔が良いだけの女、頭が良いだけの女、身体能力が高いだけの女、教養があるだけの女、礼儀作法が優れているだけの女、全てが満遍なくできている女。
そういう人達を総じて皆は“便利な女”と言う」
華音の言う“皆”とは、女は3歩後ろを歩いて当たり前の価値観を持つ者達全てを指している。
それにいちゃもんをつける気はない。
「“便利”は“いたら楽”という意味であって“いないと困る”ではない。信長様も光秀どのも、あの人達を便利と言う人なんていない。
私はあの人達が好き。大好き。あの人達のような、絶対に替えがきかない何かを持っているような人間に、私もなりたい。だから私はここにいる」
その黒曜石の瞳が表すのは先天的な本能か、それとも後天的な野心か。
いずれにせよ元就の華音への興味が尽きないのは確かで、そういう意味ではすでに凡夫から抜きん出ている。
「…結構なことだが実際のところ、この戦いでおまえは便利以上の何かで役に立つのか?」
「嫌がらせくらいしか思いつきませんでした」
「ヘぇ……光秀の入れ知恵か?」
「いいえ。元々考えていたことです」