第29章 姫さんと復讐鬼と悪の華
顕如が華音に優しいからといって、元就が華音に優しいわけではなかった。
まあ、元就が優しくする理由がないのだから当たり前だが。
案の定書き留めが殴り書き状態になり、元就の報告書は佐助以外誰も読めないものになった。
「姫とは思えないくらいに字汚ぇな」
「字が読めるようになったのが数ヶ月前です」
「だとしても身近に手本がいくらでもいたろ」
「あの人達は字が奇麗すぎて参考にならない」
ひどい言われようである。
「信長様は3回に1回くらいの確率で解読できてました」
「解読…」
「南蛮人が書いたと思えばわかるところがある、とのことです」
「………確かに蚯蚓がのたくったような」
「喧しい」
この国にとって南蛮人の書く横文字の筆記体はミミズのように見えるらしい。
華音は日本語は鉛筆の楷書でしか書いたことがなくて、外国の紛争地帯の軍医としていた頃の名残でむしろ外国語の方が書き慣れていた。
それを抜きにしても、今の時代の日本語を書くのは難しいだろう。
環境適応能力がずば抜けている佐助は例外だが。
「ああ、俺も読める気がしてきた。だが書き直せ」
「むう」
佐助と元就以外が読めないのは困るので、大人しく書き直す。
その間の時間を潰そうと、元就は懐からドイツ語で書かれた本を取り出して開いた。
「…それ読むんですか?」
「あ?」
「題名からして宗教系の本かと」
「はあ?くそっハズレかよ。つーかお姫さん、本当に読めるんだな」
「字の書き方に影響が出る程度には。元就どのは?」
「蘭語ならちったぁ分かる。同じ派閥だのなんだの言われたから気になった」
「その本はドイツ語…独語です」
「へえ」
元就の関心が本ではなく自分に向いたことに気づいた華音は少し身構えた。