第29章 姫さんと復讐鬼と悪の華
「光秀どのと顕如どのが共犯だと言わせるように、貴方の部下は拷問されたことはご存知ですよね」
「……ああ」
知らないはずがない。
それこそが、顕如が光秀に協力する最大の理由なのだから。
「私は光秀どのの疑いを晴らすために、“誰か”がやったことが正当な尋問ではなかったことを調べるために、勝手ながら拷問死した貴方の部下達のご遺体を腑分けしました。申し訳ありません」
「!」
「私には医術の心得があって、人間の身体も一通り分かります。身体と道具さえあれば、いつどんな風に死んだのかを調べられるんです」
現代ではこれを解剖というが、戦国時代にその認識が広まっているとは思えない。
秀吉のドン引きしたリアクションからもそれは明らかだった。
「その途中で、彼らの服の裏に縫い付けていたものがあったので、貴方にお返しします」
「これは……」
華音が取り出したのは、布に包まれた写経。
血が滲みながらもはっきり見える【護】は顕如の字だ。
無念のまま死んだ部下達にはもう二度と会えない。
それでもほんの一部だけでも自分の手に戻ってきた。
それは、顕如にとってはどんな感情になるだろう。
部下達の死体を刻んだ鬼畜と思うだろうか。
それとも、本当の意味で部下達の最期を看取り、身内に伝えた義理堅い者と思うだろうか。
華音にはわからない。
「……この戦いで、光秀は死んでも構わないが」
「それは困ります」
「お嬢さんの命は守ると御仏に誓おう」
「……!」
復讐鬼を名乗っても、顕如は錫杖も袈裟も捨てなかった。
そんな彼が仏に誓うと言った。
宗教の信仰心が無い華音でも、それが本物だと理解した。
「…では、この戦いは必ず勝ちますね。私は験担ぎですから」
信長の言葉を華音が初めて自ら言った相手は、皮肉にも信長を憎む男だった。