第28章 姫さんと狐の交渉
「その耳飾りの鈴、師範もしてたよね」
耳飾りの針部分を消毒していたところで、義元が声をかけた。
義元の師範、継国陽臣は生まれつき片足が欠陥している。
ちょうどくるぶしからその先が無い。
しかし、義足(自作)をつけてその上に足袋を履いているため、まず初見で隻足だと見抜かれることはない。
陽臣の欠陥した足がある足首に華音と同じ鈴が括り付けられている。
義元は陽臣の弟子だから、親しい関係だから知っていた。
「そうですね。私の場合、感覚が無い場所に鈴を付けたら落ち着くので、あの人も似たようなものでしょう」
何でもないように言うが、先天的な身体の欠陥は、万人が理解できるものではない。
特に、華音や佐助が生きた現代ほど便利な物がないこの時代で。
「………ん?何でお前が継国陽臣と同じ鈴持ってんだ?」
「私が継国華音だからです」
「……………は」
陽臣と華音の関係を知らない幸村は、彼女の応えに素っ頓狂な声をあげる。
義元はやっぱりねと肩をすくめた。
「あ、塞がってる」
光秀に鈴を預けていたのは数日だが、その間に華音の左耳に空いている耳飾り用の穴が塞がっていた。
要するにピアス穴だ。
元々鈴の耳飾りは、ピアス穴用の針とアンテナ部分にかけるホックが一つの鈴に繋がっており、鈴の重さで穴が拡張されないようになっていた。
華音はどちらも用いているが、今回光秀に付けた時はホックだけを使ったため、光秀の耳に穴を開ける必要はなかった。
そして今、空いていたイヤーロブの穴が閉じてしまっている。
「…まあいいか」
塞がってはいるが完全に戻っているわけじゃない。
そのまま華音は手持ちの消毒薬で耳を拭いて、何の躊躇いもなく穴が開いていた部分に耳飾りの針を刺した。
ずぶっという音と滴り落ちる血。
僅かな間に起きたとんでもない出来事に皆が放心する。
数秒経って、衝撃の連続だった幸村がいち早く我に返った。
「バカお前バカ!!!」
戦の前の夜は騒がしい。