第24章 泣き虫の姫さんと独りの狐
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「……俺に、その時は来るだろうか」
「来るよ」
「!」
返事のない問いかけを呟いたつもりなのに、いつの間にかその人はそこにいた。
俺たちが今生きているこの乱世は、平穏とは真逆の何かだと思っている。
今日日、ものを食べられるかどうかもわからず、多くの者が骨と皮のみとなって死ぬ。
毎日のように人が身投げする川もあった。
俺もその大勢のうちの一人で、なんのために生きているのかわからなくなっていった。
そんな日々が続いていた時、突如その人は現れた。
なんの気まぐれか、その人は俺に何の見返りも求めず、俺を生かし、この世を生きるすべを身につけさせた。
俺を彦太郎と呼ぶその人は、天女のごときかんばせを能面のように張り付け、本心が少しも見えなかった。
それでもかまわなかった。
本心がどうあれその人が、俺が武士として生きる希望を見いだせた人なのは確かだから。
いつかこの人は、俺の前からいなくなる。
限りなく確信に近い予想がついていて、いつそうなってもいいように心を決めていた。
そんなとき、ふと、胸の奥の、もっと奥にあったものが見えた感触がした。
それが無意識に言葉に出ていたことに気づく前に、その人が答えた。
顔を上げると、いつもの能面のようなかんばせに、ほんの少しだけ”色”がついていた。
「お前の求めているものは、絶対に現れる」
信頼できる仲間も。
絶対と思える主も。
そして、本気で自分を必要としていると、そう信じられる、信じてしまえるほどの唯一の人にも。
「逢えるよ」
この世のものとは思えないほどに美しく、優しく、穏やかに笑ったその人は、それを最後に俺の前から姿を消した。
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「……ありがとう、華音」
泣き虫の少女と独りの狐は微笑みあい、ゆっくりと唇を重ねた。
長い夜が明け、顔を出した天道が彼らの闇を優しく照らした。