第24章 泣き虫の姫さんと独りの狐
「天下布武をなすため、歴史の大舞台で、ご自分の手を充分すぎるほど血で染めている。裏舞台くらい、俺に仕切らせてもらわなければ」
光秀の、仲間を思い浮かべるときのほほえみは、華音の眼には何よりも優しいものに見えた。
「政宗、家康、三成、蘭丸……あいつらも、汚れ仕事は似合うまい」
凛とした笑みを見て、華音はやっと合点がいった。
光秀は、自分の母親にそっくりなのだ。
華音の母は、その美しさにそぐわず、正義のためなら、自分の守りたいもののためなら、自分が悪になることもいとわない人だった。
自分が悪役になるのは、つらくはないのかと聞いたことがある。
だが母は、「全然」と言って無邪気に笑った。
華音にはわからなかった。
自分以外の誰かのために命を懸ける人間はまだわかる。
両親も祖父母もそういう人だったし、今周りにいる武将たちだってその類の人間だ。
だが、どうして母も光秀も、秀吉たちが光の下で堂々と歩かせるために、自分が悪役でいられることが平気なのかがわからなかった。
「……貴方がそうまでして貫きたい義は、何ですか」
「___太平の世を、築くことだ」
華音の黒曜石の瞳が見開かれた。
「信長様が台頭するより前、日ノ本は今以上に乱れ……暮らしは、寒酸に満ちていた。人の命は、羽より軽かった。……身分がないものは尚更な。あのような夜が再び訪れることは……俺にはとても、耐え難い」
伏せられた琥珀色の瞳は、記憶の中の光景を見つめているようだった。
華音は陽臣と茶会をした時、光秀の生い立ちを聞いた。
言葉にするのもはばかられるようなものだった。
そして光秀の味わった思いも、羽よりも軽い人の命があったことも全て、現代では歴史の一部の領域を出ず、すべてを理解することはできない自分を歯がゆく思った。
「言っておくが、俺は別に、信長様や織田軍のために戦っているわけじゃない。とうに知っていると思うが、善人でもない。何もかも、俺自身の望みのためだ。信長様が天下布武をなしたその時、長き乱世が漸く終わる___そのためなら、喜んで俺は歴史の歯車になる」
語られることのなかった光秀の本心を垣間見え、華音の頬には一筋の線がつたった。