第24章 泣き虫の姫さんと独りの狐
微かに匂う薬草の香りと、近くで聞こえる水音で、閉じられていた琥珀色の瞳がゆっくりと開いた。
「気が付きましたか」
時刻はもう夜明け前。
光秀が倒れて目覚めるまでの数刻の間、華音はとっくに兵の重傷者から軽傷の者まで全ての怪我人の処置を終わらせていた。
それだけ華音の仕事が早いともとれるが、逆に言えばそれだけ光秀の意識がない時間は長かった。
「俺は……昏倒して、そのまま眠っていたのか」
「秀吉どのがここまで運んでくれました」
「どこまでも世話焼きだな、あいつは」
ふっと光秀が力なく笑う。
ゆっくり体を起こす光秀を補助した後、華音は光秀と向き合った。
「……私は貴方にも怒っている、と言ったのを覚えていますか」
「………」
「どうして、誰にも言わなかった」
今回光秀は、最後まで誰にも本当のことを打ち明けることはなかった。
主である信長にも、腹心である九兵衛にも。
おかげで信長も華音も、憶測でしかものを考えることができなかった。
義昭の目論見を阻止できたのも結果論でしかなく、最悪光秀が織田軍の裏切り者のまま最期を迎えることだってあり得た。
そういう可能性があったから、光秀が一人ですべて抱え込んだのが許せないのだ。
「内部に間諜が入り込んでいると、予想がついていたんでな」
「それは理屈の話です。……信長様や、牢屋に殴り込みに来てまで貴方を心配した秀吉どのにだって、どうして本心の一つも話さなかった」
「無理な話だ。まず、あのお人よしは、策略にも駆け引きにも向いていない。うまい嘘をつく能もなく、馬鹿が付くほどまっすぐで……家臣に慕われ、民に愛されている。あいつにはこのまま、日の当たる道を堂々と歩いて行ってもらわなければ困る」
「………」
その気持ちは華音にもよくわかる。
身分の低い生い立ちから、実力で今の地位にまで上り詰めた秀吉は、誰よりも皆から愛されている。
もし信長が、今の立場から引くことがあれば、まず間違いなく秀吉にその場を継がせるだろう。
「そして、信長様は……」