第23章 二度目の本能寺
義元は、栄華を忘れられない家臣のために、越後を出てまで将軍に従った。
そして、当主たる己の命と引き換えに、家臣たちの命は見逃してほしい、と。
その言葉からは、並々ならない覚悟が伝わった。
だが、華音がそれに対して見せたのは、同情でも優しさでもなく、『怒り』だった。
顔は無表情なのに、瞳孔は猫のように開き、額には青筋が浮かんでいた。
誰かが今の華音の表情を見ていたら、顔を真っ青にしていただろう。
光秀と義元の刀が離れたところで、つかつかと早足で近づき、二人の間に割って入った。
「やめろ!!」
「「!?」」
普段の華音からは想像もできないような恫喝に、二人はわずかに肩を揺らす。
低く凛々しい声は、決して女から感じることのないであろう威圧が、そこにはあった。
「義元どの、貴方の死に場所はここではない!貴方には帰る場所がある!」
「帰る、場所……」
「頼むから、越後のみんなを、自分をないがしろにしないでください……!!」
華音の義元への怒りは、全員が生きる道があるというのに、佐助や幸村たち、そして自分の気持ちに蓋をして、すべての責任を自分一人で負おうとしたこと。
「……まったく。この俺の目の前で敵をかばうとは、いい度胸をしている」
「…私は貴方にも怒っている」
みなまで言わずともわかるな、という視線を一身に浴びた光秀は、一つため息をついて、華音を自分のほうへ引き寄せた。
「お前と義元殿が顔見知りであることは聞いている。___去れ、義元殿。家臣共々な」
「……織田軍の敵を見逃すの?君は案外、甘い男なんだね」
「勘違いしないでいただこう。俺が甘いのは、華音だけだ」
「光秀殿の口から、そんな台詞が聞けるとはね。___わかった、ここは引くとしよう」
義元は刀を収めると、安堵が浮かんだ華音に向かって、いつかの時に見せた花が咲くような優しい笑みを溢した。
「でも、光秀殿に見逃してもらうからじゃない。どうやら俺も、華音には甘いみたいだ」