第23章 二度目の本能寺
「家臣ともども刀を収めてもらおうか、義元殿。この戦、織田軍が勝つことになっている」
「最初からそういう計画だったわけか。流石は安土の化け狐」
義元はやんわりと微笑みながらも、刀引き抜いた。
光秀はこれ以上の被害を防ごうと終戦を申し出たが、義元はあくまで抵抗することを示す。
そこにはどんな意図があるのか、華音には分からなかった。
「俺は、引かないよ。引くわけにはいかないんだ。今ここで、すべてを終わらせるために」
「義元様!ここは我々が……!」
「怪我人は黙りなさい。当主の俺が、討って出ると言っているんだよ」
「……っ」
義元は元来穏やかな気性だが、それでもいち武家の当主だ。
静かだが甘さのない一声に、ほんの数秒、その場が静寂に包まれた。
そして、
「は……!」
「……っ」
舞うように繰り出された一太刀を、光秀が受け止める。
その姿は決して「芸術を愛する者」ではなく、「剣術を極めた将」のそれだった。
「腕は鈍っていないご様子。___加減はいらないな」
「……!」
光秀の流れるような斬撃を、義元は肌に触れる寸前にかろうじて防ぐ。
形勢は光秀のほうが有利だと、華音にも分かった。
単純な実力なら、光秀のほうが一枚上手だろうから。
時折、動きが似通っている瞬間があるのは、師匠が同じだったからだろう。
(……だめだ。はっきりとはわからないけど、このままじゃだめだ)
華音は、この勝負に決着がつくことを望んでいない。
何より、義元の様子がおかしい。
光秀との真剣勝負のさなか、何かとんでもないことを考えている気がしてならなかった。
そして両者のにらみ合いの末、義元は光秀にしか聞こえない声で囁いた。
「光秀殿。俺を、ここで殺してほしい」
「!?」
華音は耳が悪い代わりに目は良い故に、義元の唇の動きで何を言ったのかがはっきりとわかってしまった。
それと同時に、違和感が確信に変わる。
義元は、当主自ら戦いに出て敗戦することで、「過去の栄華に縛られた今川家」の行く末に終止符を打つつもりだ。