第23章 二度目の本能寺
光秀の刀が翻り、次の瞬間、鮮血に身を染めていたのは、
「な……、に……?」
信長を斬るように命じた、足利義昭その人だった。
「失礼、手元が狂いました。殺すつもりで斬ったのですが、思いの外軽傷のようだ」
敵兵達は悲鳴を上げ、信長と華音から離れて義昭へと駆け寄ろうとするが、それよりも速く、膝をつく義昭の首に光秀の刀の切っ先がピタリと当てられた。
「各々方、お騒ぎになるな。私の手元が狂って、この細首を掻っ切らないとも限らない」
『動けば斬る』というわかりやすい脅しに、敵兵達は動けずにいた。
「そなた……っ、気でも狂ったか……!?土壇場で私を裏切るとは……」
「裏切る?まさか。私が忠誠を誓うのは今も昔も、己の掲げる義のみです」
光秀の人の悪い笑みを見て、華音の形の良い唇が弧を描いた。
信長も笑いを堪えきれず、声を上げて笑った。
「くく……っははは……!それでこそ俺の左腕だ」
「恐れ入ります」
乱れた着物を悠々と整え、信長が光秀の隣に並ぶ。
華音も袷と袖を整えながら二人のそばに駆け寄った。
「はっ……不届き者めらが……!」
切り裂かれた着物を押さえ、将軍が顔を歪める。
傷は浅かったようだが、怒りのためにその声が震えている。
あまりの興奮に周りが見えていないのだろう。
視界にあるのは信長と光秀で、目の前に『時透』と名乗った少女がいることにも気づいていない。
「私を手にかければ待ち受けるのは没落だと何故わからん!?」
「「「………」」」
「信長が世にのさばっている今も尚、私が朝廷の定めた将軍である事実は変わらん。高貴なる身に手をかけたとなれば、朝廷からの信頼は失墜し、信長の地位が奪われることは必定!」
「ご心配には及びません。信長様と朝廷の関係も、その確固たる地位も揺るぎはしません。
『将軍殺し』の大逆を行ったのは、織田軍を裏切った謀反人、この明智光秀ただ一人」
光秀の言葉に、華音はやはりかとぐっと歯を食いしばった。