第22章 水色桔梗と鈴の祈り
「義昭は京で俺の寝首をかくつもりだろう。ならば、光秀も必ずそこへ姿を現す。
華音、もう一度言う。貴様は俺と共に来い」
「分かりました」
「っ華音……!」
「よせ秀吉。覚悟を決めた人間を止めても無駄だ。それに華音は、待つべき時は待つ人間だ。せいぜい守り通せよ」
間髪入れずに了承した華音を止めるすべは無い。
何故なら、華音の心はもう決まっていると、黒曜石の瞳が語っているから。
秀吉はため息をつくと、華音の両肩に手を置いた。
「華音、絶対に無茶はするなよ。何か起きたその時は、俺のそばを離れるな。いいな?」
「はい。ありがとう秀吉どの」
「華音、貴様は馬に乗れるな?」
「もちろんです。いつでも秀吉どのの口に饅頭を突っ込む準備はできてます」
「待て、なんの話だ」
いつぞやの時に光秀と交わした、『颯爽と馬に乗って現れた華音を見て秀吉がぽかんと開けた口に饅頭を突っ込む』という約束をまだ果たせていない。
果たさなくてもいい約束だが。
「遅れずについて来い。貴様の身には傷ひとつつけさせないと誓ってやる」
「はい……!」
「それから政宗」
信長は人差し指をクイと自分の方へ曲げると、政宗は黙ってそばに歩み寄り片膝をついた。
小言で何かを囁かれ、政宗の口元に不敵な笑みが広がった。
「___良いな」
「お任せを。では、俺はこれで……ん?」
退出しようとした政宗の肩を、華音が掴んで行く手を阻んだ。
「時に政宗どの。先程、涙目の常長どのから『御館様の目に泥がァ!!』という報告が来まして」
「あ」
「目」
「……うす」
医者スイッチが入った華音の前では、独眼竜も打つ手が無い。
たった一文字で有無を言わせない威力を持つほどだ。
こうして、政宗の診療も無事に終えた華音は、満を侍して早朝に京へと発つこととなった。