第22章 水色桔梗と鈴の祈り
京へ行かないことも一つの手ではあるが、最適解だとは言えない。
権力だけはある公家達が虚偽の噂を信じ込んだままでは、いたずらに怯え騒ぎ、いずれ民にまで混乱が広がる。
それだけは何としてでも避けたい。
信長は、確信めいた様子で華音に問う。
「華音、貴様はもう、黒幕を分かっているな」
「?顕如じゃなくて、足利義昭でしょう」
「なっ!?」
華音がすでに事実にたどり着いていたことに、秀吉は瞠目し、政宗はヒュウと口笛を鳴らす。
信長はにやりと笑った。
「いつから気づいていた?」
「確信したのは、信長様が京に出向くという旨の文を見た時。確証を得たのは、各地で謀反騒動が起きていると聞いた時。そして全部繋がったのは、信長様へした一つ目の『お願い』を完遂した時です」
「『お願い』?」
「拷問の末に死んだ、顕如の仲間の亡骸を検分させてもらったんです」
秀吉はその時のことを思い出し、苦い顔をする。
いくら華音が凄腕の医者とはいえ、女に見せるものではない。
加えて、あの亡骸は自分が今まで見たものの中で一際むごいものだった。
「調べた結果、複数の打撲痕が脳にも及び、前頭葉にも激しい損傷が見られました。平たく言えば、たくさん殴られて頭が壊れていたんです」
判断能力が著しく低下した状態で、絶えず激痛を与えられながら『“光秀は我々の仲間だ”と言え』と何度も何度も言われればどうなるのか。
結果は火を見るより明らかだ。
だから華音は、光秀と顕如は無関係だと確信した。
「それに、詰めが甘いです」
「詰め?」
「一連のことが繋がっているという考えに至るのに時間がかからなかったのは、先程政宗どのが仰った通り、時期がぴったり一致していたから。もう少し時期をずらして機会をじっくり待てば良かったのに。何より、味方にすれば勝率が上がるはずの上杉武田軍をわざわざ敵に回す嫌がらせをした。
だから相手は、怪しさ満点の光秀どのを引き入れてでも信長様を討ちたくて、狡猾なくせに詰めが甘くて、せっかちな野郎だということ。つまり将軍です」
「完璧だ」
((野郎……))
力が無いとしても、将軍を野郎呼ばわりする女がこの世にいるだろうか。
否、ここにいた。
自分達の一番近くにいた。