第22章 水色桔梗と鈴の祈り
「よほど華音様のことが気に入ったのでしょう。かつてないことですよ」
苦笑を浮かべ、九兵衛も隣に正座した。
確かに華音は動物に好かれるが、それは眠っている時やぼーっとしている時など、意識がはっきりしていない時がほとんどだ。
しかしちまきは、華音が普通の時でもよく擦り寄って来ていた。
「話とは?」
「__髪飾り、よくお似合いですね」
目を見開く華音の頭に飾られた、水色桔梗の髪飾りがシャンと鳴る。
華音の今日の格好はいつもと違い、髪は髪飾りに合うように纏め上げられている。
袴の上に白い羽織はいつも通りだが、バランスが悪くならないように、羽織留めの装飾品も外した。
「牢獄の光秀様の元へそれを届けたのは、実は私なのです」
「………!」
「『当分姿を隠すことになりそうだから、その前にどうしても入用の物がある』と頼まれまして」
九兵衛はさらりと言ってのけたが、牢獄の奥にいる光秀の元へ、光秀の家臣だとバレずに物を渡すのは至難の業だ。
華音とて、信長の許可を得てやっと入れた。
「あなたと西方の国へ旅立たれる前から、ご用意なさっていたようです。安土へ戻った後、長旅のご褒美に渡そうとお思いになったのでしょう。
ご存知でしたか?水色桔梗は明智の一族にとって特別な花なのだと」
「……家紋だというのは知ってました」
いつも見ていた、桔梗の花が刻まれている光秀の出立ちを思い浮かべ、それがある胸をトンと指す。
「はい。かつて、その花を兜に掲げて戦に臨んだ祖先が、勝利を勝ち取ったことから……一族の間で、必勝祈願として戦う者へ桔梗を贈るようになりました」
「戦う者に、贈る花……」
「光秀様にとって華音様は、よほど特別なお方なのでしょうね。これもまた、かつてないことです」
雨上がりの庭を眺めながら、九兵衛はにっこりと微笑んだ。
九兵衛の視界には、髪が崩れないように水色桔梗に触れ、頰を桜色に染める華音の姿が映る。
最初は光秀は、華音は顔色一つ変えないと愚痴を零していたのに、それが徐々に変わりつつある二人の距離を、九兵衛は感慨深く見守った。
___事態が大きく動いたのは、その夜だった。