第22章 水色桔梗と鈴の祈り
「____では、光秀どのは……」
「ああ、まんまと逃げおおせたよ」
「逃走する姿を捉えたという報告すら、上がっておりません」
「………」
翌朝、ことの成り行きを家康と三成から聞いた華音は、ほっと胸を撫で下ろした。
もしあの夜捕まっていたら、家康の言う通り即座に首を斬られていただろうから。
わかりやすい反応をする華音に、家康が呆れた声を出す。
「あんたね……他の奴の前で同じ反応したら投獄されかねないってわかってる?」
「すみません、焦っていたので」
「……別にいいんじゃない。あんたくらい素直でいても」
「同感です。実を言うと、私もほっとしたんですよ。光秀様が逃走しやすいよう、捜索の指揮系統を敢えて整えずにおきました」
「……そうか」
「三成、お前まで素直になれとは言ってない」
笑顔でとんでもない発言をした三成を横目に、華音は黒曜石の瞳をぱちくりとさせ、家康はため息をつく。
確かに三成が本気を出せば、光秀は見つかっていたかもしれない。
三成も華音も皆、光秀のためにできる限りのことを尽くした。
あとはそれが吉と出るか、凶と出るかだ。
「安土を散々かき回して、今頃どこで何をしているんだか。あの人は知ってるだろうけど、教えてはくれないだろうね」
「無理ですね」
家康と華音が思い浮かべているのは、一体全体どんな方法を使っているのか、日ノ本の全ての情報を網羅しているあの男。
どんなことを訊いても、天女の如き(というかガチ天女の)微笑みでかわすだろう。
そして、それがわかる日は、そう遠くない。
「華音様、少しよろしいでしょうか」
「九兵衛どの。ええ、構いませんよ」
今回の騒動は全て光秀の独断ということになり、光秀の御殿にいる者達への罰はなかった。
しかし、明確な沙汰も無いため、皆が身の振り方を決めかねていた。
光秀の御殿で過ごすことが多かった華音は、世話になっていた人達への見舞いに来ていたところを九兵衛に呼ばれる。
御殿の庭へと案内されると、懐かしい顔を見つけた。
「ちまき」
「キュウ!」
縁側に腰掛けた華音の膝の上に、光秀の飼い狐のちまきが飛び乗る。
華音はちまきの頭を優しく撫でた。