第22章 水色桔梗と鈴の祈り
光秀の身体は水を浴びてきたらしく、その肌はしっとりとして冷え切っている。
傷も増えていて、華音が去った後に何があったのか容易に想像できた。
たまらず華音は、光秀の少し痩せた背中にそっと腕を回して抱きしめ返した。
「おやおや、今宵はずいぶんと積極的だな」
「……怪我人に乱暴なことはしない」
時間は限られている。
光秀がここにいる時間が延びれば、捕まってしまう確率も高くなるだろう。
だから華音は、一番言いたいことを光秀に伝えた。
「……光秀どの。貴方は、初めて私を肯定してくれた」
今の華音を成り立たせたのは、華音の両親と祖父母だ。
華音に正しさを教えたのが肉親だとしたら、華音を初めて正しいと断言したのは光秀だ。
それが華音にとって、どれほど嬉しいことだったか。
「だから私も、貴方を肯定します。貴方のことを信じています。今は何も明かせなくてもいい。こうして同じ場所にいても、お互い別の場所にいても、私は……
貴方の方を、みんなの方を、必ず向いています」
「……っ」
ぎゅっと、光秀の華音を抱く力が強くなった。
「__覚えておこう」
そう言った光秀の声は、こんな状況にもかかわらず、優しく穏やかで、暖かかった。
光秀の晴れやかな笑みを見ている間はごく僅かで、すぐに遠くから鐘の音と人の怒号が響いてきた。
「華音、これをお前に」
光秀の懐から差し出されたのは、水色桔梗の髪飾りだ。
光秀は、よれた花びらの端をピッと伸ばしたあと、傷だらけの手で華音の頭に飾った。
「これは……」
「何、ちょっとした餞別だ。思った通り、よく似合う」
「……っ」
ぐっと歯を食いしばった華音は、左耳をいじり、取り外した“それ”をそのまま光秀の右耳に付けた。
「これは、私から貴方に」
チリン、と鳴るはずのない鈴の音が聞こえた時には既に、華音の唇は塞がれていた。
華音のかすかな息遣いすらも、光秀の唇に飲み込まれる。