第4章 姫さん、城下に行く
目の前に老人が倒れていた。
「………」
ここで三つの選択肢がある。
一つ目、見て見ぬふりをして城に帰る。
二つ目、周りの誰かに任せる。
三つ目、助ける。
「大丈夫ですかご老人!」
___と、考えるより先に華音は体が動いていた。
ほとんど脊髄反射に等しい。
老人は胸を押さえて蹲っていた。
華音は老人に息があることを確認し、近くの木を背にして上体を起こした。
運ぶ最中に病状にある程度検討をつけ、効くであろう鎮静剤を混ぜた水を飲ませる。
「ゆっくりでいいですよ」
医者や警察が人を助ける時、やってはいけないことはいくつかある。
一つは、焦った声で話しかけないこと。
特に医者が慌てれば、それほど自分の状態は悪いのかと精神的に追い詰められることが多い。
先程華音が老人に声をかけた時も、応答を求めるように大きく声を張って、焦っているような声は出さないようにしていた。
そしてそれは、華音が幼少の頃から基本中の基本として教え込まれてきたもの。
故に、彼女は普段からそういう声を出す。
彼女の声は、誰が聞いても落ち着くような声なのだ。
老人の様子が落ち着いたところで、華音は優しく声をかける。
「他に何かおかしいところはありますか?喉が痛いとか、胸が苦しいとか」
「ハァ…いや、ありがとうございました杏林殿。もう大丈夫です」
老人は無理をしている様子はない。
華音は安心したように息を吐き、続けて老人に問いかける。
「お住まいはどちらですか?良ければお送りさせてください」
「どうかお構いなく。私の住むところは少し遠いので」
「なら尚更放ってはおけません。私は医者ですが、貴方の身一つを守れる力は持っているつもりです」
「杏林殿…」
華音が引く気はないと判断した老人は、一言謝って住まいを案内することにした。
老人の荷物は華音が持ち、歩幅を合わせてゆっくり歩き始めた。
「重ねて申し訳ありませんが、私の住まいは夜になると少々周りが物騒になってしまうので宜しければ泊まっていただきたい」
「構いません。ところでその宿とは?」
「遊女屋です」
「そうですか。
…………ん?」
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