第4章 姫さん、城下に行く
身辺整理と言ってもそんなに面倒なことではない。
学校はとうに卒業しているし、ご近所の人達にも、華音が近いうちに海外へ発つことは伝えていた。
だからいきなり居なくなったとしても、海外に行ったのだと思われるだけで済むのだ。
「そもそも私がやりたいことはここでも出来ることだから、後悔も何も無いんだよ」
「…医者?」
「そう、医者」
どの道華音は現代の日本で医者をやるつもりはなかった。
国外の紛争地帯で、中立区域に位置している医療設備で働いていくつもりだった。
祖父母と共に仕事をしていたスラブかアフリカに行くか、戦国時代にいるかの違いでしか無い。
若いうちから危険のど真ん中に行く必要はないと、学生時代のまともな教師から言われたこともあったが、気持ちは変わらなかった。
命の危険など今に始まった事ではない。
「というか、ここに来てやりたいことが出来た」
「やりたいこと?」
「そう。折角武将が身近に大勢いるから、むしろ今の方が目指せる気がする」
そう言って華音は佐助に“やりたいこと”を言う。
その“やりたいこと”を聞いた佐助は瞠目した。
途方もない夢だ。
まず始めにそう思った。
しかし後々考えると、確かに現代では本当に途方もないが、平和の礎を築く瞬間である今この時の方が、その“やりたいこと”が実現するきっかけができる気がした。
「…分かった。俺は君の気持ちを優先する。もしまた何かあれば呼んで」
「ありがとう。佐助くんも何か怪我とか病気になったら言ってほしい。治すから」
「頼もしい限りだ」
医者の“治す”は実はNGワードだが、華音なら出来る気がした。
華音は使い心地の良さそうな羽織留めを見つけ、きちんと支払う。
幸村としてはタダでも良かったのだが、華音が有無を言わせず代金を払ったので何も言えなかった。
考えていることが悟られているようで恐ろしい。
華音が去って行ったところで、幸村はぽつりと呟く。
「…なあ佐助」
「ん?」
「華音は信玄様の病を治すことは出来ねーのか?」
「俺には分からないけど、本人に訊けばいいんじゃない?」
「……だよなぁ」