第21章 狐の謀反
信長への一つ目のお願いを終えた華音は、牢の中にいる光秀のもとへ向かった。
二つ目のお願いは、光秀に会わせてほしいということ。
華音は織田の姫で医者だが、自由に牢の中に入れるほどの権限は無いから。
信長直筆の許可証を牢番の者に提示し、中へ通してもらった。
「華音……?ここで……何を、している……?」
「……!!」
そして、最奥の牢の中で、光秀が手首を縛られたまま倒れていたのを目にする。
服は擦り切れ、整った顔は傷だらけで、口元には血が滲んでいる。
「……手当てをしに。ここからでは届きませんから寄ってください」
「帰れ。そしてそのまま戻って来るな」
「いやだ」
「………」
「…頼むから」
震える声は、いつもの堂々とした覇気を纏っていない。
形のいい眉を顰め、黒曜石の瞳は揺らぐ。
「……泣きべそをかくな。俺は、お前の涙に弱いんだ」
「………泣いてない」
ため息をつきながら気だるげに身体を起こして、光秀は柵の方へとにじり寄った。
光秀の身体に極力負担をかけないよう、縛られた縄を優しく解く。
手加減無しに縛られた手首は、痕がくっきりと残っていた。
悔しそうな表情をする華音を見て、光秀はどこか他人事のように言う。
「乱世では私刑も拷問も物珍しいことじゃない。とりわけ、牢の中ではな」
「そんなこと分かってる……!」
華音は医者だ。
それも、主に外傷を専門として治療を行う軍医。
どんなに酷い傷でも目を逸らしたりはしない。
だがそれは、逃げていないだけであって、胸が痛まないはずがないのだ。
「……まったく、これではあべこべだぞ。お前の方が、大怪我を負ったような顔をしている」
爪の欠けた光秀の手が、優しく華音の頰に添えられる。
「相応のことを俺はしてきた。この程度、報いのうちにも入らない。それに__見てみろ」
光秀が唐突に、べー、と舌を出してみせる。
「舌はあるか?」
「…あります」
「であれば、充分だ。俺の最大の武器は無事だ」
光秀の乾いた唇が、いつもと変わらない鮮やかな弧を描く。