第21章 狐の謀反
___奴という人間について俺が確信しているのは、ただ一点だ。光秀が俺の寝首をかく時は、俺が行くべき道を誤った時だ___
広間で最後に信長が言った言葉を、華音は思い返していた。
「信長様は信長様なりのやり方で、あいつに信を置いてるってことだ。昔から、そうだった」
「“昔から”、ですか」
「信長様は、死地に追い込まれたあいつを、自ら先陣切って助けに駆けつけたことさえあるんだ。その時あいつが戦った相手が、顕如。今回のことは……皮肉にもほどがある巡り合わせだ」
華音は何度か光秀から歴史の講義を受けたが、光秀に関することは省略してばかりだった。
「信長様があの馬鹿を好きにさせておいたのは、あいつへの信用あってのことだ。なのにハッキリ忠信を示さず、腹を割ろうともしないあいつが、俺にはずっと……もどかしかった。
あいつの心が、わからない」
「………秀吉どの」
偉そうなことを言うつもりも、知ったかぶりをするつもりもない。
だが、秀吉がここまで苦しそうにする必要もないと、華音は言葉を紡いだ。
「それは当たり前です。他人の心はその人にしかわからない。秀吉どのだってそうです」
ただ、秀吉と光秀の場合、それがわかりやすいかわかりにくいかの違いでしかない。
「知らないことを知りたいと思うのも当たり前です。だから、いつか一緒に光秀どのに掴みかかって、腹の底を見てやりましょう」
冗談めかしい言葉を本気で言う華音に、秀吉は優しく笑い頭を撫でた。
「……分かった。その時は火傷に効く軟膏用意しておいてくれ」
「任せてください」
話がひと段落つき、華音は目的の場所に着いた。
「華音、本当にやるのか?」
「勿論」
特有の臭いがする“それら”を前にして、華音は眉を顰めることもせず、纏め上げた髪を団子にして固定する。
心配そうな表情をする秀吉を横目に、口元を布で覆い、ぴったり嵌る手袋を装着した。
「では、お願いしますね秀吉どの。
これから私が出るまで、この部屋に決して女子供を近づけないでください」