第21章 狐の謀反
華音は他者への感情を真っ直ぐぶつける性格だから、無意識に相手にもそれを求めていた。
だから、将軍から向けられたものが自分個人への感情ではなかったことに怒り狂った。
「……俺がほんの一瞬でもお前を師範として見ていたら、仮初の夫婦でも口付けなんて出来やしないぞ」
「初恋の相手なのに?」
「やらないが、やった日には森に放り投げられる。やらないが」
遠くを見る目をする光秀に、嘘ではないことを感じ取った。
安土に帰れば、夫婦の真似事も終わる。
おそらく何らかの形で、今のような心地いい気持ちもかき消される。
だから二人は、今この夫婦の時間を惜しみなく感じることにした。
ふと、光秀は華音を見下ろす。
やはり何度見ても、華音という少女は美しいと思う。
踊り子の衣装を脱ぎ化粧を落とし、髪を結んで白い羽織を纏う姿は常時見ていたもの。
一見青年のような雰囲気なのに、髪を結んだことによって露出される首や、袖から覗かれる手首は細く、華音は女なのだと気付かされる。
光秀は陽臣に出会ってから、全ての人間に向ける目が色眼鏡の如きものになった。
良からぬことを考える者は悍ましい色、野望を抱く者は燃える色。(秀吉の色はなんでか暑苦しい)
華音の色は、美しいの一言に尽きる。
清廉潔白で高潔で、誰にも侵入することは許さない強さを持つ色だ。
例え華音の容姿がかぐや姫と同じ絶世の美貌でなかったとしても、例え継国の人間でなかったとしても、光秀は華音を美しいと思っただろう。
華音が不思議そうに光秀を見上げる。
ずっと見つめていたのだからそう思うのも無理はない。
華音の黒曜石の瞳は、光秀の顔をはっきり映していた。
光秀は、己の目に熱が宿っていることを改めて自覚する。
奇しくも、その時華音も、光秀を美しいと思っていた。
見上げた顔は月明かりで逆光しているのに、長い睫毛に縁取られた琥珀色の瞳が真っ直ぐこちらを見ているのが分かる。
否、華音はずっと光秀を美しいと思っていた。
初めて会った時から、光秀は華音を真っ直ぐ見ていたから。
交差する黒曜石と琥珀がやがて重なったことは、今はもう誰も住んでいない月しか知らない。