第20章 狐の喜劇
鼓が軽快なリズムを刻み始める。
陽気な笛の音が鳴り響くのと同時に、白狐が舞台へ躍り出た。
白狐は光秀だとすぐに分かった。
「___どうやら狂言みたいだな。正確には、その原型と言うべきだろうけど」
「狂言…古典芸能の」
「そう。狐が登場する演目というと『釣狐』くらいしか俺は知らないけど……」
『釣狐』とは簡単に言えば、賢い狐が猟師を騙そうとして、逆に罠にかけられる話だ。
(これは光秀どのが脚本したオリジナルの話だから……多分、罠に嵌るのは狐じゃない)
佐助は考え込むように黙り、華音も舞台へと注意を戻す。
物語の主人公は、一座の男性が演じる、とあるお殿様だ。
自らの過ちで落ちぶれてしまったお殿様が、ずる賢い手をつかい権力の座へ返り咲こうとしてる。
そこへ、妖艶な青年になりすました、化け狐が現れる。
お殿様に取り入った青年は、天下取りの手伝いをすると言い、あれやこれやと入れ知恵を始める。
話の筋書きが読めた観客は、狐の言葉に右往左往するお殿様の様子に、腹を抱えて笑い出した。
騙す相手は猟師ではない。
罠に嵌める相手は狐ではない。
これは、化け狐が愚かなお殿様を徹底的に騙してからかって、こらしめてしまう話だ。
華音は客席に目を向ける。
観客が笑いに包まれる中、笑っていないのは、一段高い席で見物している『義昭様』と大名たち。
当然、大名の顔は真っ青だ。
この国の裏事情を知る者達だけは、物語のお殿様は『義昭様』を暗示していると気づいているはずだから。
それが自分達が招いた舞台でやっているのだから、心中穏やかではない。
『義昭様』本人は眉ひとつ動かさないものの、能面のように顔を凍りつかせている。
「……ふ」
その滑稽な様に、華音は口元を隠して静かに笑った。
そしてすぐに、自分が光秀に与えられた役割を思い出す。
「へーえ? 敵ながら、面白いことやってくれるじゃねーか」
「お芝居としても見応えがある。明智光秀がこれほど芸達者だったなんて……」
「すみません、私もう行きます」
「「え?」」
幸村と佐助が振り返って見ると、華音はそそくさと髪紐を解いて黒髪をおろし、懐から眼鏡を取り出して装着した。