第20章 狐の喜劇
「佐助くん、幸村どの、また会いましょう」
そう言い残し、華音は小走りで終盤に差し掛かる舞台へ行った。
舞台上では、まんまと罠にはまり野望を打ち砕かれたお殿様が、怒り狂って狐に飛びかかる。
観客の笑い声はとどまることを知らず、大名は怒りのあまり震えて立ち上がった。
華音が舞台へ駆け上がったのと同時に、狐がお殿様を見事返り討ちにした。
「これにて、一件落着」
狐が高らかに宣言し、大喝采と同時に芝居は大団円を迎えた。
「静まれ皆の者!!」
怒り狂った大名が絶叫をあげても、村人達の笑い声に飲み込まれ、かき消される。
狐は面をつけたまま、大名へ慇懃にお辞儀をして見せたあと、華音に歩み寄り、両腕でふわりと横抱きにして舞台の真ん中へ連れ出した。
「あの娘は……」
将軍は、特徴のある黒髪と眼鏡で舞台へ出た女が華音だと気づいた。
尤も、己を侮辱した者など忘れるはずもないが。
華音の濃桜色の唇に光秀の口付けが仮面越しに落とされ、歓声が最高潮になる。
光秀は狐面を僅かに上げて、華音ににやりと微笑んだ。
悪戯が大成功した子供のような表情で。
「これで、妻を泣かされた借りは返したぞ」
「……!!」
華音は水の膜が張る目を隠すように、狐面の男の首に腕を回した。
「おっと」
「お前何者だ!?誰か!あの狐を捕らえよ!」
「待て、その前に……わざわざ私にこのような演目を見せた理由、とくと聞かせてもらおうか?」
「義昭様……っ、これは何かの誤解で……!」
「あの狐、そなたに礼をしていたな?娘の方は私を侮辱した女だ。言い逃れはできぬと思え」
「ひ……っ」
光秀は見事に、将軍を間接的に罵倒する舞台を演出した責任を大名になすりつけ、仲間割れをさせることに成功した。
「さて、祭りは終わった。華音、しっかり掴まっていろ」
「……はい」
喝采と混乱が同時に巻き起こる中、光秀は観客に向かって深々と礼をすると、華音を腕に抱いたまま、夜闇へ姿を消した。