第20章 狐の喜劇
「“莫迦なこと”って?」
「命を大切にしないこと」
この時代は、とにかく人間の命が儚い。
端的に言ってしまえば、人がよく死ぬ。
そこに身分は決して無関係というわけではないが、ここにいる義元や華音が今すぐ死んでもおかしくない時世だ。
だからこそ華音にとって、自分の命を大切にしないことは赦せない所業なのだ。
しかし、そんな華音の想いを振るように、義元は残酷な言葉を口にした。
「俺は、今川家の行く末を見届けなければならない。例えそれが、破滅だったとしても」
義元の瞳に寂しさと儚さが映る。
だが、迷いの色は一切無かった。
「会えて良かった。気をつけて帰るんだよ、華音」
去って行く義元の背中に向かって、華音は言った。
「…義元どの、佐助くんや幸村どのに会ってあげてください…!自分のことを大事にできないなら、貴方を大事に思っている人達のことを、大事にしてあげてください…!」
本気で義元のことを案じている華音に、義元は優雅に微笑んだ。
「……本当に、君に会えて嬉しかった。ありがとう、華音」
その言葉を最後に、義元は華音の前から姿を消した。
今川義元もまた、信長に滅ぼされた一族の敗将だ。
公には死んだことになっているが、信玄と同様に家臣達と共に越後に身を寄せていた。
(最後の将軍と、滅ぼされた今川家の当主。
そして、織田軍を裏切った大名。
光秀どのと織田軍に敵対する者との密談。
拷問と顕如との共謀説。
上杉武田軍の“ちょっとしたトラブル”。
朝廷への密告……)
目まぐるしく回転していく華音の頭は、やがて一つの答えに結びついた。
否、本当はもうとっくにその“答え”に辿り着いていた。
だが憶測はあっても確証はなかったので、考えないことにしていたのだ。
「光秀どの……!!」
華音の大切な人が、また無茶をするのではないかと。