第19章 月の一族の本性
「__帰ろう、華音。そして何があったか、すべて俺に話せ。可愛いお前を、泣かせたままにしてはおけない」
「……っ」
華音は光秀の服をぎゅっと握りながら、こくりと頷いた。
「__……そうだったか」
ことのあらましを語り終える頃には、虫の音も聞こえなくなっていた。
華音の瞳の色は、黒曜石の色に戻っていた。
華音自身、瞳の色が変わったことに気づいていない様子だったが、あの時確かに自分の中にある継国の血が騒いだのを感じた。
「…あの男の目は、あれと同じでした」
「“あれ”…?」
「……桜姫を水牢に沈めた時の、帝の目」
「……!」
桜姫とは、かぐや姫の孫のこと。
人間と月の一族の血が半分ずつ流れていた姫。
最後は月との縁を断ち切り、完全な人間となった。
陽臣や華音はその末裔だ。
しかし、桜姫が人間の味方だったからといって、必ずしも人間達が桜姫に好意的であったかと言えば全くの否だった。
それが最も露骨だったのは当時の帝。
半分とはいえ不老不死である桜姫を化け物と罵り、月の一族を滅ぼすための餌として水牢に入れたのだ。
継国の血を色濃く受け継いだ華音は、容姿だけでなく記憶も遺伝されていた。
記憶の中には、水牢に沈められた時のものもあった。
呼吸もろくに出来ずにすぐに息絶える。
しばらくすると全身に痺れるような痛みが走り、また水の中で目を覚ます。
その地獄のような連鎖の末、桜姫は月の一族の狂気に飲まれかけた。
そして華音は、自分の“狂気”の扉を初めて開けた。
「私はあの時、確かに、あの男を殺したいと思った」
人を人とも思わない男に、明確な殺意が芽生えた。
そのことに気づき、すぐさま己を落ち着かせた。
皮膚が切れるほどの力で拳を握り締めて。
手を出さずに済むような暴言を吐いて。
殺意が溢れる引き金となったのは、男が華音だけではなく、自分以外の人達にも無機物を見る目で見ていたこと。
光秀にも、一座の者達にも、民衆にも。
そうでなければ、華音は自分が罵倒された程度で相手を殺したいだなんて思わない。