第19章 月の一族の本性
華音はまだ笑いがおさまらず、口元に手を添えながら言葉を続けた。
「家畜だろうが何だろうが私もこれでも女ですからね。抱かれるなら良い男に抱かれたい。そう例えば……」
尾張の大うつけと呼ばれた男、とか。
と、男にとって禁句とも言えることを言った。
男の目の色が明らかに変わった。
二人が何かを言う前に、華音はその場を出る。
「では、早々に下がりますね。お相手探し頑張ってください」
「待て、女」
明らかに怒気を含ませた声に、華音が怯むことはなかった。
「貴様、名は」
「時透」
華音が名乗ったのを最後に、扉はぴしゃりと閉められた。
なるべく早足で、真っ直ぐではなく敢えて入り組んだ道を進んで宿へ向かう。
追ってくる気配がないことに、ほっと息を吐いた。
「華音…!」
「……光秀どの」
走ってきた光秀に両肩を掴まれる。
「探したぞ……!こんな遅くまで一体どこへ……華音?」
はっとした光秀は、その嗅ぎ慣れた匂いの元を見る。
華音の腕を掴んで見ると、その手の平にべっとりと血が付いていた。
この傷を光秀は知っている。
自分を押し殺すために、出血するほど己の拳を握った傷だ。
「何があった」
光秀の真剣な声音、心配そうな目の色、肩に置かれた手の重みを感じて、ようやく華音は“戻ってきた”感覚がした。
それと同時に、両の瞳から涙が溢れ落ちた。
華音の目が月明かりに照らされたことで、光秀は彼女の変化に気づく。
いつも見る黒曜石の瞳は右目にしかなく、もう片方の左目の瞳の色は金色に変化していた。
継国の者の瞳が金色に変化する意味を、光秀は知っている。
しかしそれ以上に目の前にいる華音が泣いていることに、自分のいないところで何があったのかと悔しくなった。
気づけば華音は、光秀の両腕の中に閉じ籠められていた。