第19章 月の一族の本性
華音は数ある選択肢の中、一番有効そうな“きっぱり断る”を選んだ。
「お断りします」
「お前……っ、このお方を誰だと心得る!?」
「自ら名乗りもしていないのに分かるわけないでしょう。失礼させていただきます」
華音は立ち上がって部屋を出ようとする。
大名が何かを言おうとした時、先に男が口を開いた。
「良い、良い。早々に下がらせろ」
「し、しかし義昭様!」
「思い違いをするでない。私の夜伽が、下賤の者に務まるわけがなかろう。卑しい女を抱くなど、この身が汚れるわ」
男はため息を漏らし、酒を優雅に傾けた。
華音は口元を隠した。
「不憫なことよのう。高貴な血が流れておらねば、私の唇を潤す酒一滴ほどの価値もない。ましてや、女となれば」
「…身分が低い普通の人や女性は、人間じゃないとでも言うんですか」
「はて。家畜が何やら吠えよるわ」
男が放った言葉は、華音の中にある砦のようなものを開けるのには充分な言葉だった。
「………ふっ」
それと同時に、“思い通りにいった事”が可笑しくて滑稽で、袖で隠していた“笑っている口元”を二人の前に晒した。
「っはははは!!あっははは!!ははっ!!」
「なっ何がおかしい!娘!」
「っはは、こっちが訊きたいくらいだ。…あーあ、せっかく差してもらった紅が涙で崩れた」
家畜呼ばわりされたことを少しも気にしない態度に、大名も男も訝しげに見る。
華音は久しぶりにこんなに笑ったと呟き、男に向かって言い放った。
「奇遇ですね。私も貴方の夜伽の相手をしたいだなんてとち狂ったことは爪の先ほども思わない」
「貴様……っこのお方をどなたか分かっているのか!!」
「だから、知らないと言ったでしょう。自己紹介なんて子どもでもできるのにできないなんて……“不憫なこと”ですね」
明らかに己を侮辱する言葉に、男は初めて華音の姿をはっきりと見た。
立ち上がった華音は、座っている男に対して見下ろしている体勢である。
男が華音への無機物を見るような目と、華音の男への侮蔑の瞳は、まるで鏡のように対となっていた。