第18章 姫さんと狐の出張
宿の主人との交渉が済んで一座の元へと戻ると、辺りが何やら騒がしくなっていた。
きらびやかな服をまとった三人の男性が、人垣の合間に見え隠れする。
村の人たちはどうやら、舞台に立つ彼らを見物に詰めかけてきたらしい。
「華音、こっちだ」
人混みの外れにいた座長と一緒に光秀が手招きをする。
すぐにそこへ向かい、二人に訊ねた。
「何かあったんですか?」
「お殿様が、舞台の様子を下見にいらっしゃったそうだ。『特別なお客様』を連れてな」
そう言う光秀の顔は何かを企むような顔で、どこか何かに対しては険しい顔をしていた。
「わしらなんか足元にも及ばない、ど偉いお方なんだそうだ!」
「一体誰なんですか?」
「わしら平民にはよくわからんが、とにかくとんでもなく偉いお方だよ。あのお方のために、この国あげて祭りをして、おもてなしするほどだからな」
“とんでもなく偉いお方”と聞けば身近にいるのは信長や陽臣だ。
しかしどちらも違うだろう。
そもそも陽臣は事実上は地位を放棄している。
「少しそばに行って見て来ます」
「俺も行こう」
「押しつぶされんように気をつけてな」
華音は光秀に庇われながらお互いに無言で人波をすり抜け、舞台下から目を凝らす。
派手な着物をまとい、得意げにあれこれ同行者に語りかけている男性が、恐らくこの国の大名だろう。
声は聞こえないものの、どうやら今度ここで行われる祭りについて解説しているみたいだった。
「………!」
その時、しゃべり続ける大名の視線が、華音の方へと降ってくるのを感じた。
しかし大名の関心はすぐさま、隣に立つひとりの男性へと戻る。
(………なんだ、あの男は)
華音その人を目にした瞬間、スッと背が冷えたような感じがした。
温度を感じさせない静かな瞳が、彼女達の群衆の上を滑っていく。
まるで__そこには何も存在しないかのように。
(これは…違う、この“記憶”は私のじゃない)
華音はそれを知っている。
否、その温度を感じさせない静かな瞳を“覚えて”いる。