第18章 姫さんと狐の出張
華音の嫌な予感というのはだいたい当たる。
それは継国家の勘なのか医者の勘なのか野生の勘なのか、それとも女の勘なのか。
どちらにせよ当たる。
宿へ着くと、光秀と華音は当然のように同じ部屋へと通された。
片隅にたたんである布団も、当然のように一組しかない。
このプライバシーゼロの空間で寝るのは勇気がいる。
「飛び入りの旅芸人相手に、かなりの厚遇じゃないか。華音、いい一座に入ったな」
「………」
「そんな目で見るな。布団はお前に譲ってやる」
「……貴方は?」
「遠慮はいらない。俺は、お前を布団代わりにして暖を取るからな」
「一緒に寝ろと」
「夫婦らしくなってきただろう」
「……分かった。でっかいちまきと寝ると思えば何とかなるでしょう」
「ちまきは雌だぞ」
光秀と認識していれば寝られないという意思表示だ。
例え華音が、医者という立場で何度も異性に触れたことがあると言っても、それはあくまでも医者だからだ。
彼らには悪いかもしれないが、異性の体に見惚れたなんてことも一度もなかった。
しかし今、華音は確かに光秀という男に惹かれ始めていると自覚している。
信長と秀吉がくんずほぐれつ(誤解)しているところを目撃した時でさえ、何の興味も湧かなかったというのに。
そんな状態では、匂いで必死にちまきだと言い聞かせなければ、とてもではないが同じ布団で寝ることはできなかった。
「……今」
「ん?」
「今、自分でもどうなるのかわからないんです」
「………」
「……宿の人に、もう一式使えないか交渉して来ます」
華音の顔は、赤くなりはしなかったが明らかに困惑の色を浮かべている。
その表情が堪らなくなった光秀は、そっと華音の頰に手を添えた。
「今のお前にどうするのか、わからないのは俺も同じだ」
「……なにを」
「からかい過ぎたな」
光秀の唇は、華音の目元に当てられた。
華音の顔は困惑から驚愕に一転する。
「先に行っている。宿の主人との交渉が済んだらおいで」
「……私は貴方のそういうところが、嫌だ」
「俺はお前のそういうところが、可愛くて仕方ない」
「………莫迦」
襖が閉じられた後、誰にも聞こえない呟きが響いた。