第18章 姫さんと狐の出張
ふと光秀の方を見ると、光秀もあの男の方をじっと見ていた。
とても話しかけられるような雰囲気ではなかったので視線を戻すと、もう一人は華音の知る人物だった。
(……義元どの)
最初は本能寺の夜。
二度目は城下の反物屋で。
仲が良いとまではいかないが、お互い顔見知りという関係だ。
そして、家康からは義元も陽臣の教え子だとも聞いている。
義元がここにいるということは、上杉武田との関連性も匂わせる。
しかしそれは、あまりにも“らしくない”とも思ったし、義元の険しい表情からもそれが窺えた。
隣にあった匂いがなくなったことに気づいて振り返ると、案の定光秀はいつの間にかいなくなっていた。
「おーい、華音さん!」
「座長さん」
人混みをかき分けてやってきた座長が、人の良い笑みを浮かべた。
「光さんがな、暗くなる前に市で買い出しをしてくるそうだ」
「そうですか。わざわざありがとうございます」
買い出しはおそらく建前で、例の大名の謀反の可能性の有無について情報収集に行ったのだろうと容易に想像できた。
「華音さん、今日はもういいから宿でお休み」
「そうします。恐れ入ります」
「本番は明後日の夜だ。明日から忙しくなるぞ」
「ありがとうございます。頑張りますね」
わけもなく、何故光秀は一言も言わずに黙って消えたのだろうと思った。
同時に、先程の目元の口付けを思い出す。
(あの人なりに、気まずいと思った…?)
考えれば考えるほど、なんだか自分の方が気まずくなってきた気がしたので考えるのをやめた。
「おい、そこの娘!止まれ!」
宿への帰路を辿っていると、唐突に背中から大きな声で呼ばれた。
華音はなんだと振り返ると、武士らしき男性が風を切って華音に歩み寄ってきた。
「先ほど大舞台のそばにいた娘だな?」
「はい、そうですが何か」
「とある貴人がお前を見初め、茶の席へ招いてやると仰っている。ついて参れ」
「は……?」
武士は華音の手首を乱暴に掴み、有無を言わせず歩き出した。
もう片方の手は刀の柄にかけられている。
状況は不利だと判断した華音は、大人しくついて行くことにした。