第18章 姫さんと狐の出張
「素敵な夫婦(めおと)が一座に加わって心強いよ。今度の祭りの出し物は、なにせ特別だからなあ」
「精いっぱい頑張ります」
(『夫婦』)
またもや華音の顔が固まった。
「長旅でくたびれたろう。さっそく、わしらのねぐらに案内しよう」
和やかな笑顔を浮かべる座長が先に歩き出すのを待ち、華音は光秀の袖を軽く引っ張った。
「おっとっと。どうした?」
「夫婦って何」
簡潔に、かつ一番知りたいことを分かりやすく言葉にする。
「おや、言ってなかったか? 俺とお前はこれから、旅芸人の夫婦になる。それが一番自然だからな」
「聞いてない」
「それはすまなかったな」
絶対悪いと思っていない。
指南役とその弟子から、噂を利用し仮初めの恋人へ。
許嫁のフリを経て、ついには偽装夫婦に。
光秀の策略で、底なし沼にずぶずぶ引っ張り込まれてる気がしてならない。
華音は流されるような性格ではないが、本気を出された光秀相手に太刀打ちできるかは全く分からない。
幼き頃、母が言っていた「外堀から埋めた者勝ちだ」という言葉を思い出した。
「あらためてよろしく頼むぞ、華音。お前の夫としてな」
光秀が華音に向けたのは、この上なく楽しげな笑みだった。
華音は無言で顔を覆う。
頭の中が、“前途多難”という言葉で埋め尽くされた。
(師匠経由の仕返しじゃないと願いたい…)
光秀が陽臣との思い出をあまり話したがらないのは、あの神出鬼没で自由奔放な天女男と、良い思い出も苦い思い出もあるからだと察しがつく。
姿形が性別以外同じである華音に、その仕返しをしているのではないかと何度も思った。
そう思う度に少しだけ寂しくて悲しかったことは、自分の奥底に閉じ込めた。