第18章 姫さんと狐の出張
いく日の旅の末、漸く二人は問題の小国に着いた。
特別長かったとは感じない。
宿での食事と入浴と睡眠以外は舞の稽古に使ったり、道中馬を並行して色気のない話をしたりと、時間はなかなか有効に使えたと思う。
ちょいちょい光秀に悪戯をされる度に華音はグーで殴りかかったが全てかわされた。
馬から降りて目的の場所へ向かう途中、ふと光秀の姿を見る。
旅芸人に変装した光秀は妙にしっくりきていて、どこへ行っても女性の注目を浴びた。
その注目に華音も巻き込まれていたが、そこだけは正直思い出したくない。
華音は光秀に説得に説得を重ね、踊り子の姿に眼鏡をかける格好で己を落ち着かせた。
もし眼鏡をかけていなかったらこちらに向けられる視線はもっと多かっただろう。
「そんなに見つめてどうかしたか?」
「似合うな、と思っていただけです。それよりこれからどうするんですか?」
「前もって九兵衛に手配を頼んである。そろそろ迎えが来る頃合いだ」
「迎え?」
すると、陽気な声が光秀と華音に向かって聞こえてきた。
「おーい、あんたら、光(みつ)さんと華音さんだろう!待っとったぞー!」
派手な衣装に身を包む、人の良さそうな四十代くらいの男性が、こちらへと駆けてくる。
「あの人は?」
「俺たちが世話になる、旅芸人一座の座長だ」
「なるほど。溶け込めば良いんですね」
「ああ。彼をはじめ一座の面々は俺たちの素性を知らない。あくまで、流しの芸人として振る舞うぞ」
「わかりました」
表情筋が使い物にならない華音が器用な愛想笑いはできないが、声色くらいなら演出はできる。
実際、今まで華音はその穏やかな声で周りの人間を和ませる不思議な力がある。
「ようこそおいでなさった!ちょうど人手が足りんで困っとったんだ」
「お世話になります、座長さん」
「こちらこそ!光さん、あんたのお嫁さんえらいべっぴんだねえ」
「はい、俺もそう思います」
座長の“お嫁さん”という言葉に、ただでさえ固い華音の表情筋がピシッと固まった。