第18章 姫さんと狐の出張
村の外れに組み上げられた舞台を見上げ、華音は感嘆のため息が出た。
その舞台の回りで、一座の仲間と思しき人たちが忙しく立ち働いている。
「これはこれは、大したものですね」
「千年に一度あるかないかの、ありがたい機会なんで、お殿様が張り切って用意してくれたんだ」
座長の言う“お殿様”は、織田軍側にとっては謀反の疑いがある大名のことを指している。
「うちの一座はこんな大舞台は初めてでなあ。演目の相談に乗ってくれんか、光さん」
「俺でよければ喜んで」
「華音さんには、うちの踊り子連中と一緒に踊ってもらおうかな」
舞台に出ると言われ、華音は少しだけ危機感を覚えた。
踊り子としては練習すれば形にはなるかもしれないが、もし“織田ゆかりの姫”としての華音の顔を知る者がいたら拙いのではないかと。
光秀なら自分で何とかするからまだしも、華音は限界がある。
故にお断りの返事をしようとした。
「座長さん、私は……」
その刹那、華音は光秀にぐいっと肩を抱き寄せられた。
「せっかくの機会なんですが、ご遠慮しておきます。実は、妻はまだ見習いの身でして」
「そうかいそうかい、なら裏方を手伝ってもらおうか。にしてもおふたりさん、目の毒だねえ」
「何せ新婚なもので」
座長さんが声を上げて笑い出し、光秀も調子を合わせ、華音の頭に頬を寄せて微笑む。
「いやはや、照れるな、華音」
「穴があったら埋まりたい……」
両手で顔を覆い隠す華音。
隙間から見えた首筋が、ほんの少しだけ赤くなっているのを光秀は見逃さなかった。