第16章 姫さんと狐の噂
信長と二人になるのは久しぶりだ。
少し前までは夜伽という名目で呼ばれ、囲碁や将棋の相手をしながら雑談して夜を過ごしていた。(断じて致してはいない)
「華音」
「はい」
「貴様の目に、光秀はどういう男に映っている?」
今の質問で、信長が二人を下がらせた意味が分かった。
信長以外の誰かがいることで、華音がのらりくらりとかわすのを防ぐ為だ。
嘘や誤魔化しをさせないように。
「…理解はできても納得はできない行動をするところは嫌です。でも……」
「でも、何だ」
「……最も大切な思いを、己の義を、自身の芯として生きているところは素敵ですし、好きです」
いつかの華音の、秀吉と光秀に対する夫婦発言を思い出す。
正反対も両極端も、言い換えれば“紙一重”である。
華音にとって秀吉が“自身の最も大切な思いを自身の全てとして生きている”なら、光秀はその正反対だ。
どちらも優劣をつけられるものではないし、測れるものでもない。
華音は好きなものは言葉にして口で言う。
嫌いなものは言わない。
言葉にもしないし興味もない。
だから、光秀が嫌ならとうの前に拒絶している。
「__顔を上げろ」
くいと曲げた人差し指で顎を持ち上げられ、信長と真っ向から目が合った。
「……意のままにならぬ男と女もまた一興か」
「は?」
「戯言だ。聞き流せ」
力のある深紅の眼差しに射抜かれる。
「華音、光秀を頼むぞ」
「……!」
「話は以上だ。下がれ」
「……はい」
陽臣と全く同じことを言われたことに驚き、返事が遅れた。
下がれと言われた以上、もうここにいる意味もないので廊下に出た。
「「………」」
(何この空間)
廊下に出てすぐに、秀吉と光秀が無言で待ち構えているのが見えた。
二人の距離は妙に遠く、とてもではないが会話をして待っていたとは思えない。
まさかずっとこの状態だったのか。
さすがの華音も一瞬ぎょっとする。