第16章 姫さんと狐の噂
問題が起きているのは織田軍直下の領土の端、中国地方に隣接する小さな国らしい。
よそとの往来が少ないのどかな土地だったはずが、急に人の出入りが激しくなったのだという。
「大名は知能も財力も兵力もない小物。だが……」
「そこそこ高貴な血筋を引いている人間、ですか」
「そういうことだ」
「高貴な血筋……」
「華音、今貴様が頭に浮かべている人間は枠から外せ」
華音が一番に思い浮かべたのは何を隠そう継国陽臣だ。
(自分のことは棚に上げて)ある意味この国で一番高貴な血筋ではないかと思った。
しかし敵でもなければ味方でもない、領土を持っているわけでもない謎過ぎる男は最早例外中の例外だ。
触らぬ天女に祟り無しという。(言わない)
話を戻そう。
「この件、妙にきな臭い。光秀、貴様自身の目であらためて、俺に報告しろ」
「承知いたしました。内情を探って参りましょう。越後との戦も膠着状態ですし、たまには遠出も悪くない。華音、長旅になるぞ。支度をしっかりしないとな」
「やっぱり私も行くのか……」
「当然だろう。俺は片時もお前を離したくはないんだ」
遠出する度に心休まることは無いなと達観する華音に対して、秀吉は今にも掴みかかりそうな形相で光秀を睨む。
「おいっ光秀!!公私混同にもほどがあるぞ!華音を巻き込むなと言ったのを忘れたのか!?」
「ああ、忘れたな」
「お前は……っ、ポンポンポンポン嘘をつきやがって……!」
「構わん、秀吉。光秀の好きにさせろ」
「ですが!」
「構わん、と言っている」
「……っ、失礼いたしました」
信長の鶴の一声で、光秀と華音の出張任務が決定した。
「光秀、秀吉、貴様らは下がれ。華音に話がある」
「信長様、華音の伴侶として、私も同席をお許し頂けませんか?」
「余興は終わりだ、光秀。……下がれ」
「……御意のままに」
この場で立場が一番上で、絶対的な決定権を持っているのは信長だ。
秀吉にも光秀にも華音にも、それを覆す権限は無い。
二人が下がって、華音と信長は一対一で向かい合う。