第16章 姫さんと狐の噂
光秀も茶を飲み干して立ち上がった。
「九兵衛、ご苦労だったな。では行くか、華音」
「行くのか……」
「当然だろう?俺とお前のことを報告するんだからな」
「…具体的にどんな報告をなさるつもりですか」
「安心しろ。ふたりに祝福してもらえるよう、俺がきちんと話をつけるから」
何一つ安心できる要素がなかった。
華音は心の中で陽臣に助けを求めた。
しかし陽臣がそれに応えることはおそらく無い。
「………」
「………」
「お待たせいたしました、信長様。秀吉、笑顔のひとつでも見せたらどうだ?」
「黙れ、うるさい、にやつくな」
信長と秀吉からの視線を一身に受けながらも、光秀は笑顔で受け流す。
華音ですら居心地の悪い顔をしている。
「華音とお前が恋仲だという与太話が、俺と信長様の耳に入ったわけだが、今すぐどういうことか説明しろ。万が一にも、華音にひどい真似をしたようなら……この場で足腰立たなくしてやる」
「ずいぶんと物騒だな」
「光秀。俺が見出した女に、貴様は手をつけたのか?」
信長はどこか愉快そうに、秀吉は飛びかかりそうな顔で光秀を見据えている。
「実は… 半端な覚悟ではございません。華音を私の許嫁にするつもりです」
華音は心臓が煩くなった自覚はあるものの無表情を貫いた。
「光秀てめぇ……っ」
秀吉が立ち上がり、額をぶつける勢いで光秀と距離を詰めた。
「お前の嘘も戯言もいい加減聞き飽きた!一体何を企んでる?お前がいつもコソコソ謀略を張り巡らせるのも許せねえけど、今度のことはもっと許せねえ!華音を巻き込むな、馬鹿野郎!」
「………」
光秀が何かを企んでいて、華音との噂も企みの一つだと秀吉は見抜いていた。
「深呼吸でもして落ち着け、秀吉。ほら、すう、はあ」
「お前こそ、その落ち着き払ってるような演技をやめろ」
「これは心外。俺は常に冷静な男だぞ」
「話にならねえ……!」
秀吉が、握り込んだ拳を振り上げる。