第16章 姫さんと狐の噂
「そうむくれるな」
「むくれてない」
「可愛い顔が台無しだぞ」
「むくれてない」
休憩がてらに光秀は華音を茶屋に連れてきた。
華音が不貞腐れる表情が珍しくて、思わず光秀はクスリと笑う。
葛餅を出されたが、先程政宗からおはぎをもらったのでさすがに一食分はもう無理だ。
華音は食べている途中で、葛餅の一つを新しい楊枝で刺して光秀に向けた。
「食べきれないです。手伝ってください」
「…分かった」
そしてあろうことか光秀は口を開けた。
まさか現代で言う“アーン”を華音にやらせるつもりかこの男は。
「まさかとは思いますが私に食べさせろと?まさかとは思いますが」
「そのまさかだ。早くしないと顎が疲れてしまう」
疲れてしまえと華音は思った。
しかし葛餅を食べきれないのも事実だ。
ものすごく躊躇いながらも光秀の口に入れた。
「どうですか」
「葛餅の食感がする」
「私は味を訊いたんです」
「俺に味の感想を求めるな」
「………」
光秀の言葉と味音痴に呆れながらも、先程見えた光秀の口内を頭の中で診る。
(味覚障害ではなさそう…味蕾はnontasterではないから特別刺激物に強いものでもない。だとすると考えられるのは…)
「何を考えている?」
「光秀どののことです」
「おや、嬉しいことを言う」
「心にもないことを…」
「何を言う、本心だ」
厳密に言えば光秀の味音痴について医者目線で考えていたのだが知るよしはない。
相手の口内を見るのはかなり失礼なのだが、華音としては「私も寝顔見られたからおあいこ」らしい。
「光秀様、こちらにいらっしゃいましたか!」
「九兵衛どの」
穏やかな休憩をとっていた時、店に飛び込んできた九兵衛の表情には緊張が浮かんでいた。
「どうした」
「信長様と秀吉様より、緊急のお呼び出しです」
「用向きは」
「それが……『華音様との噂の件』とのことです。他にもひとつ話しておきたいことがある、とも」
ついに来たか、と華音は最後の葛餅を飲み込んだ。