第16章 姫さんと狐の噂
「…さすがにそろそろ眠いです」
「らしいな。……おいで」
「は」
考える隙を与えず華音を抱き寄せ、光秀は自分の膝を枕にして寝かせた。
「…なにこれ」
「寝床を用意している間に、お前のまぶたがくっつきそうだ。……このまま眠れ」
「硬い」
「眠れ」
「……あの人に膝枕されたことでもあるんですか」
「いや、寝床代わりと言われて森に放り投げられたことならある」
「血は争えないな…」
うつらうつらと華音の瞼が閉じていく時、光秀の手は華音の額に触れる。
「お前は俺の秘密を手に入れた。俺もお前の秘密を手に入れた……。今夜以降は、もっと厳重にお前を監視するつもりだ」
「監視……」
「誰にも俺の秘密をしゃべるな。常に俺の目の届くところにいろ」
「……なら」
華音は重たい腕を動かして、額に添えられた光秀の手に重ねた。
光秀がずっと華音を見ているのなら。
光秀がずっと華音のそばにいるのなら。
「私も、貴方のことを、見ています」
そう言い残し、華音の意識は完全に睡魔に堕ちていった。
部屋には、華音の僅かな寝息しか聞こえない。
(作り物の平穏とはいえ……こんなに穏やかな夜を過ごすのは、いつ以来だろうな)
光秀は華音の赤くなっている目元にそっと親指でさする。
そして、名残惜しいように重なった手を離し、華音の濃桜色の唇に己の影を落とした。