第16章 姫さんと狐の噂
そこから先のことはよく覚えていない。
気づけば華音は光秀の御殿で、光秀の部屋の中で彼と向き合っていた。
今まで華音は断固として湯浴み後は誰の部屋にも入ることはなかったが、今回ばかりはわけが違う。
今の華音が身につけているのは心許ない厚さの夜着のみ。
医療道具も湯浴みの間に回収された。
「…私をどうするつもりですか」
「そうだな。俺なりに色々考えたが、やはり秘密は共有するに限る」
「共有…?」
「華音、お前の秘密を話せ。お前がどこから来たのか、何者なのか」
「私の身の上話を聞いて何になるのですか」
「お前が俺の秘密を守る代わりに、俺もお前の秘密を守る」
華音の秘密が明かされたところで、華音に得も損もない。
しかし光秀の話に乗れば、もう少し深く光秀に踏み込める気もした。
決めあぐねていると、光秀は華音の腕を掴んで引き寄せた。
咄嗟のことでよろけそうになったのを、もう片方の腕で華音の腰に回して支える。
掴まれた腕と腰が全く動かない。
男女の力の差への悔しさは、次の光秀の行動でどこかへ行った。
光秀は、普段は白い羽織で隠されている華音の白く細い首をかぷりと甘噛みした。
「…ぅ…っ!」
視覚的にも感覚的にも衝撃だったため、思わず華音は声をあげた。
耳に神経を集中しなければ聞こえないほどの、か細い声で。
「話せ華音、これ以上のことを俺がする前に」
「……!」
光秀の華音に向ける目は色んなものが混ざり合っていた。
華音はそっと掴まれていない方の手を光秀の頰に伸ばす。
「っ……?」
手のひらで包み込んだ頬は、熱かった。
「……なんで、貴方がそんな顔をする。どうして貴方が苦しそうな顔をする…!」
「……っ」
苦しいのは私も同じだと、華音は言いたかった。
「…あんまりだ」
目から溢れそうだったものを、今度は華音自身がぐいっと強引に手の甲で拭った。
清廉潔白で高潔の印象が強い普段とは違い、薄い夜着に包まれ先程の光秀の行動により熱を持った今の華音の体は蠱惑的で、今にも泣きそうな表情は幼かった。