第16章 姫さんと狐の噂
光秀に敵と通じている噂があることは知っていた。
情報を引き出すために、捕虜に拷問をしたことも知っていた。
城の皆が否定も肯定もしない光秀にやきもきしていることも知っていた。
そしてついに華音はその現場に遭遇し、光秀に黙っていろと脅された。
誰かに話せば華音の命はないと。
突き離すような言い方で。
「……違う」
何が“違う”のか、目に見えるものはない。
ただ華音には、確信めいたものがあった。
(違う、私がこのことを誰かに話して命が危険になるのは、私だけじゃない…!)
気づけば華音は、光秀に向かって怒鳴っていた。
「貴方はどうして……!!」
その先の言葉を紡ぐことができず、光秀を睨んだままになる。
光秀は光秀で、華音が初めて見せた“怒り”に目を見開いた。
「華音……」
「……っ!」
光秀は初めて、彼女の名を口にした。
いつもは“小娘”だったり“馬鹿娘”だったり、名で呼ばれたことは一度もなかった。
華音とてそれを日常だと思ってすらいた。
なのに、何故今となって名を呼ぶのか。
華音の頰に伸ばされた手を、咄嗟に振り払った。
「っさわるな莫迦!!」
いつもの口調も忘れ、本来の華音の喋り方が出る。
優しく触れられて誤魔化されるのはどうしても嫌だった。