第16章 姫さんと狐の噂
「………華音、遅いから泊めようと思ってたが悪い。やっぱり帰れ」
「え?」
「お前が行った方がいい。大丈夫なところまでは送ってく」
陽臣の用向きも終わり、茶を飲んで雑談をしていた時、何かに反応した陽臣は華音に帰宅を促した。
特に断る理由もないので華音も大人しく従った。
ちょうど城に帰ってから考えるべきことも出来たし。
「………華音」
「はい」
「あの莫迦共を頼んだ」
その言葉を最後に、陽臣は夜の闇へ消え去った。
「___こちらこそ、よいお話をくださり感謝します。共に手を取り、第六天魔王が牛耳る世を終わらせることといたしましょう」
(……光秀どのの声)
華音は隻耳だが、聞こえる声が誰のものなのかくらいは分かる。
会話の内容から考えられることは一つ。
光秀が、織田軍の敵と通じている。
何故光秀がそんなことをしているのか。
何故陽臣は華音をこの現場へ導いたのか。
何故、自分は動揺しているのか。
さまざまな要因で華音の脳は判断能力を失っていた。
結果、光秀が華音に気づいていることにも気づかなかった。
「……まさかお前に見られるとはな。馬鹿娘」
「みつ、ひで、どの…なんで」
「お前の気配くらい分かる」
密談を終えた光秀は、そそくさと華音の気配がする方へ向かい華音を追い詰めた。
このまま華音を野放しにするわけにはいかない。
「お前は何も見なかった」
「は……」
「今夜のことは忘れろ。賢いお前はわかるだろう? 他言無用ということだ。命が惜しいのならな」
光秀の声にはいつもの揶揄うようなものでもなければ、優しいものでもない。
かと言って、脅している割に全く殺意を感じないそれに、華音は更に動揺する。
そして、華音はぽつりと呟く。
「……違う」