第11章 V・O・W 国見
銀行に勤務し始めて数年が経った
正直銀行員って思ってたよりハードだ
融資係の俺は担当先を沢山抱えながら、資格試験の勉強に上司や取引先の接待にと忙殺されていた
相変わらず低燃費で、ノルマはそれなりにこなしてるけど…
「これ、決裁お願いします」
上司に頼まれていた書類を差し出す
「おお、ありがとう。そういえば国見って彼女とかいるのか?」
「は?いませんけど…」
「そうかそうか、取引先の専務に、娘さんの婿探し頼まれててさ」
「え?俺ですか?」
「お前は見た目もいいし、やる気なさそうに見えて、実は頭キレるし仕事は丁寧だし、先方さんもきっと…」
「面倒なんで嫌です」
「お前…現代っ子だな」
面倒なのは事実
好きでもない女と連絡取ったり時間使ったりすんの、ほんと効率悪い上に、取引先の専務の娘にヒドイことでもしようもんなら、俺の銀行員人生終わりじゃん
それに…
なんだかんだ高校3年間ずっと好きで、少しだけ付き合ったあの子といつかどこかで会えるんじゃないかなんて、心の底で思わないわけでもなかった
あの時はお互い子供だったからうまくいかなかったけど、今なら絶対幸せに出来るのになんて
バカみたい
あれから5年以上も経ってんのに…
「いらっしゃいませー」
窓口係の女性の声がして、ロビーの客にふと目を留める
「…歩…?」
ドクドクドクドク
鼓動が速くなる
窓口に吸い込まれる
「久しぶり」
平静を装って声をかける
ほら、こうして会えた
「…国見くん?ビックリした!銀行で働いてたんだ」
あの時と何も変わんない
いや、もっともっと美人になった最愛の人
あの時と変わんない?
うそ
彼女の左手に目をやると、そこには輝くエンゲージリング
時が止まる
「あ、名字が変わったからね名義変更に…」
「…そう…」
名字が変わったってのはつまりそーゆーこと
俺は名義変更の書類を差し出す
「ここに前の名前、こっちに新しい名前」
努めて無感情で言う
彼女は白く細長い指でペンを取り、美しい字で新しい名前を書く
目を疑った
新氏名 『京谷 歩』
は?
意味わかんない