第1章 Allegro 白布
「なんだよそれ」
「だって顔かっこよくて、勉強できて、スポーツできて、身長高くて、おまけに医学部って!ますますモテモテだね!今朝みたいに」
橘がイタズラっぽく言う
「身長はそんな高くないし。ってかそれよりなに?橘俺のことかっこいいって言った?」
意地悪く返してやると、彼女の頬が少し赤くなったような気がした。
「一般論です〜」
「お前は?」
「何が?」
「進路」
「フランスで武者修行」
「え?」
地元の大学受けるみたいなノリで簡単に言うから、耳を疑った
「なにしに?」
「なにしにってバレエしに 白布が知るわけないだろうけど、フランスはバレエの本場だからね。それにフランスって何もかもロマンチック」
そう言って彼女は立ち上がると、俺の方に向かってバレエ風のお辞儀(レヴェランスというらしい)をした
やばい 何この圧倒的美
半年以上同じクラスにいながら、俺は毎日何をしてたんだろう
「橘、また練習見てもいい?」
気づいたらそう言っていた
「いいよ、金曜は練習室でちゃんとシューズ履いてやるから」
金曜、後輩たちの練習を少しだけ見るつもりが長くなってしまった
彼女はまだ練習しているだろうか
急いで練習室に行き扉を開けると橘は黒いレオタードを着て薄いピンクのタイツを履き、舞うように踊っていた
見惚れていると
「お疲れ、練習終わったの?」
と気づいた橘が寄ってくる
「なんて格好してんだよ、ヒラヒラないのか」
彼女のレオタードは上の部分は袖がある七分丈だが、下は何のデザインもない競泳水着のような形で目のやり場に困る
「いや、これ普通だから」
狼狽える俺を面白がっているのか、ニヤニヤしている
「早く踊れよ」
「うん、私も一回通したら終わりにする」
そう言って携帯で音楽を鳴らし、鏡の前に歩いて行った
スラッと長い手を伸ばし憂いのある表情で踊り出す
彼女がつま先で立つ度にコツコツという音が響く
目が回りそうなほど回転したかと思えばピタッと止まる
美しい
その一言に尽きる
所作はもちろん表情も高校生のそれとは思えない
音楽が止まると、鏡の方を向いていた彼女は俺の前まで歩いてきて、目の前でレヴェランスをした。
俺だけのために