第24章 sprout 佐久早
圧力鍋で調理されたイワシは骨まで柔らかく、それでいて生臭さがないのは下処理をきちんとされているからだろう
「美味しいです…結構手間かかったんじゃないですか?」
「はは、そうなんですよねー…クオリティを重視してしまうと、どうしても、食堂で提供する量を作るのが難しくって」
それなら俺のためだけに作ってほしい
侑ならそれぐらいのこと、スマートに伝えられるのだろうか
橘さんは食事の所作も美しく、どんどん彼女に惹かれていくのが自分でも分かった
ー次の日の練習
「おい」
後ろから侑に話しかける
「え、臣くんの方から話しかけてくるとか珍しっ!どしたん」
「…のか?」
「え、なんて」
「彼氏はいるのかって聞いてんだろっ」
「…?え?!俺?!俺ソッチ興味ないから!ってか地元に彼女おるって…」
何を勘違いしたのか、慌てる侑
「お前じゃない」
「え?!俺じゃない?!…じゃあ誰…あ、へー…はっはーん」
思い当たったように、ニヤニヤしながら俺を見てくる
「別に…そんな」
「いやー、いくら俺と言えどもな、初対面のレディーにそんな不躾なこと…」
まぁ、それはそうだろう
踵を返して立ち去ろうとすると
「待て待て待て!おらんって言ってたぞ!」
「え、聞いたのか?」
「うん、普通に」
なんて不躾なやつなんだ
と思いつつ、2割ぐらいは感謝した
それからと言うもの、同じ時間にランニングをして戻ってきた時に食堂の明かりを気にしてしまう自分がいた
どこかでまた会えるんじゃないかって
しばらく彼女を見かけることはなかったけれど、逆にその間に想いはどんどん募っていった
そうして俺は今日もまた同じ時間にランニングに出かけ、同じコースを走り、寮に戻ってきた
いつもと違うのは、食堂に明かりがついていること
そして甘い匂い…